大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成5年(行ツ)102号 判決

上告人

前田清次郎

右訴訟代理人弁護士

日野和也

被上告人

佐賀県選挙管理委員会

右代表者委員長

夏秋武樹

右補助参加人

南里司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人日野和也の上告理由一について

本件別記一の投票を他事記載があるため無効であるとした原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同二について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件別記二の投票は、候補者氏名欄の「」の記載が「なり」であり、「なんり」と記載すべきところを「ん」を脱落させた誤記であると解すべきであるから、本件選挙の候補者南里司に対する有効投票と見るべきであるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

上告代理人日野和也の上告理由

一 原判決は、選挙会において、上告人に対する有効票と認定された投票の中に別記一の投票があるが、これは上告人の氏名が明確に記載されているので、上告人に投票されたものであることは疑いないが、投票の氏名欄外の右下部分に「久」と記載されていることが明らかであり、これは有為の他事記載であるから、秘密投票制度の趣旨を貫徹するという面からも無効と解すべきであり、本件裁決の判断は是認できる旨判示している。

しかし、選挙人の氏名を記載して投票するいわゆる公開投票制度をとっていた明治二二年衆議院議員選挙法でも、その第五一条第六号は他事記載を投票無効の原因としていたものであって、そのことからいえば、他事記載のある投票を無効とするのは必ずしも投票の秘密の制度とは結びつかない。のみならず選挙人がその記載した氏名を開票立会人らに知らせようとするについては、必ずしも他事記載によることのみならず、ローマ字による記載、色鉛筆やボールペンによる記載等でも目的を達し得るのであるから、秘密投票の趣旨から他事記載を厳格に解する必要はない(田中真次「選挙関係争訟の研究」一五七頁)。

他面、原判決も説示するように、選挙権の行使は国民の基本的かつ重要な権利である参政権の表現にほかならないから、選挙人の意思が明確に表示されている投票の効力を判断するに当っては、できる限り有効なものと解釈することが要請されているものといわなければならない。

このような見地からすると、本件別記一の投票は、候補者氏名欄には「前田清次郎」と上告人の氏名のみが明記されていて、原判決も認めているように上告人に投票されたものであることが疑いなく、他事記載としては、候補者氏名欄外で、しかもその右下隅に小さく「久」と記載されているに過ぎない些細なものであるから、それをもって投票自体を無効とする必要はないものというべきである。

しかるにこれを無効とした原判決には、公職選挙法第六八条第一項第五号の解釈適用を誤った法令の違背があるというべきである。

二 次に、原判決は、選挙会において無効投票と決定された別記二の投票について、これを補助参加人南里司に対する有効票であるとして、同様の結論に達した本件裁決は相当であると認定している。

しかし、「南里司」の姓は、これを平仮名で表示すれば「な」「ん」「り」の三文字となるのに、別記二の投票は「」と「り」の二字が記載されているに過ぎず、しかも、そのうち「」の字は「な」と読もうとすれば読めないことはないが字型が極めて不明確である上、本件選挙候補者の中には姓を平仮名で表示すると二文字となり且つそのうちに下の字に「り」がつく者として「森清和」がいる。

原判決がいうように「なり」は「なんり」のうち二字とは合致しているが二文字であるという点を重視すれば森を志向している可能性も否定できないこと、二字のうち上の字は前述のとおり字型が不明確であり表音の近似性からしても必ずしも南里に近いとは断じ得ないことを総合判断すると、別記二の投票は候補者の何人を記載したかを確認し難いものといわねばならない。

しかるにこれを補助参加人南里司に対する有効票であるとして、本件裁決を是認した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな重大な事実の誤認若しくは公職選挙法第六八条第一項第七号の解釈適用の誤りがある。

三 よって、補助参加人南里司が最下位当選者となり上告人は次点者になるとして上告人の当選を無効としその請求を棄却した原判決は、理由がないので、これを破棄し、さらに相当な裁判をされたく本上告申立に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例